一部PRあり

80年代 卒業ソング(昭和60年代/昭和50年代後半)

こよみのうた 3月 卒業式 3月音楽

1980年代(昭和60年代/昭和50年代後半🔗2ページ目)卒業ソング特集:

暦の歌 3月:昭和・卒業ソング名曲集(1)80年代編 約20曲

暦は三月。
和風月明は弥生(やよい)。

3月といえば卒業式の季節ですね。

早春に聴きたい卒業の歌を邦楽(歌謡曲やポップスの)名曲や懐メロなど管理人の個人的おすすめ曲から紹介します。

ベテラン世代に懐かしい昭和アイドルの卒業ソングや泣ける歌。卒業式での合唱曲の定番など。ちょっとレトロな卒業ソングの昭和名曲です。

とらナイヅ寅
とらナイヅ寅

よかったらナウなヤング世代ものぞいてみてね♪

さるナイヅ山
さるナイヅ山

(ナウもヤングも死語じゃがな…)ともあれ記事本文では80年代卒業ソングを昭和60年代(1989年から1985年まで)と昭和50年代後半(1984年から1980年まで)に分けて載せておりますじゃ。

スポンサーリンク

昭和64年/平成元年(1989年)卒業ソング

1989年 昭和64年 卒業ソング ぱくたそ
1989年 昭和64年* 卒業ソング

昭和64年* 春なのに – 中島みゆき

ちなみに、
1989年は昭和64年(平成元年)の改元の年。
1989年1月7日迄昭和64年、
1989年1月8日~平成元年です。

1989年「春なのに」中島みゆき

中島みゆきさん作詞作曲の「春なのに」はご存じ柏原芳恵さんの大ヒットでおなじみの卒業ソングの大名曲。

1989年に中島みゆきさんご自身でもアルバム『回帰熱』でセルフカバーなさってます。

参考動画はみあたりませんでしたがレコチョクさんやmysoundでほんのちょぴっとですが視聴できるようなのでそちらでご視聴なさってみてください。

(参考リンク)<一部PRをふくみます>

<PR>🔗「春なのに」中島みゆき『回帰線』レコチョク※一部視聴可

<PR>🔗「春なのに」中島みゆき『回帰線』ヤマハ音楽配信サイトmysound※一部試聴可

🔗「春なのに」中島みゆき※歌詞は歌ネットさんなど公開されています。

🔗アルバム情報は中島みゆきさん公式サイトで。

収録アルバム
1989年11月15日発売『回帰線』中島みゆき(17thアルバム)※3作目セルフカバーアルバム
<PR>🔗『回帰熱』中島みゆき(CD)amazon.co.jpほかECサイトなど(※在庫は各サイトにてご確認ください)

*「昭和64年*」の補足(余談)
(「あれっ、みゆきさんの「春なのに(『回帰線』)」は平成ソングでは?」と思われたみゆきファンの方向けの弁明😅)
1989年11月発売『回帰熱』収録なので、みゆきさんの「春なのに」は正確には平成ソング。
ただ、作曲が昭和…(というか単に管理人のなかで昭和の名曲なので)昭和の卒業ソングとして分類しております。どうぞお許しを(;´∀`)

昭和63年(1988年)卒業ソング

1988年 昭和63年 卒業ソング ぱくたそ
1988年 昭和63年 卒業ソング

1988年 昭和63年 乾杯 長渕剛
1988年 昭和63年* 旅立ちの日に

おすすめアルバム『僕の中の少年』山下達郎(「蒼氓(そうぼう)」「Get Back In Love」など3月卒業シーズンの管理人おすすめ曲収録)

1988年「Graduation」光GENJI

光GENJI Graduation(1988)

光GENJI Graduation(1988)

1988年「乾杯」長渕剛

(参考動画)1988「乾杯」アルバム『NEVER CHANGE』 Tsuyoshi Nagabuchi(公式YouTubeチャンネルより)

長渕剛/乾杯(1988年)
作詞・作曲:長渕剛/編曲:瀬尾一三、長渕剛
『NEVER CHANGE』(1988年3月5日発売)

昭和63年(1988年)に大ヒットを記録した「乾杯」。1980年に発表された原曲セルフカバー。

もともとは友人の結婚式のために書いた曲だったそうです。

今では卒業ソングをふくめ広く愛唱されている名曲ですね。

1988年「旅立ちの日に」合唱曲(前史:誕生エピソード)

『旅立ちの日に』(たびだちのひに)は、1991年(平成3年)に埼玉県の秩父市立影森中学校の教員によって作られた合唱曲。

初めて歌われたのは1991年(平成3年)3月。その後、平成の卒業ソングとくに平成世代の卒業式の合唱曲の定番として有名な歌ですね。

さて、そんな平成の卒業式の歌を、1988年(昭和63年)の80年代卒業ソングとしてご紹介するのは上の参考記事(「旅立ちの日に」に思いを込めた校長先生のお話)というブログを拝読して知った曲が誕生した背景となる出会いのエピソードから。

この曲を作られた2人の中学校の先生が曲の生まれたきっかけとなった中学校に赴任されたのが昭和63年(1988年)だったそうです。

作詞は埼玉県のある中学校の校長先生だった小嶋登先生。作曲は同校の音楽の先生だった坂本浩美先生(高橋浩美さん)。

若山牧水の詩などに着想をえつつ何より生徒を思いつくられたこの曲。

小嶋先生が退官なされるとき(平成3年3月)に歌われ、のちに今では卒業式での合唱曲の定番のひとつとされるようになったとのこと。

そんな曲が生まれたエピソードにちなんで昭和の名曲としても取り上げさせていただきました。

またこのエピソードも詳しくは2014年の参考記事でご紹介されているのでそちらもぜひごらんください。

「旅立ちの日に」 誕生
小嶋登さんと坂本浩美さんのお二人が影森中学に赴任したのは昭和63年だそうです。しかし、当時の影森中学は荒れていて、一部の生徒は非行に走り、喧嘩や生徒がバイクを盗んだなんて話もあったそうです。

(参考記事)「旅立ちの日に」に思いを込めた校長先生のお話http://ehatov1896rekishi.diary.to/archives/1922697.html より一部引用

参考動画は以下のリンクから。
(参考動画)https://youtu.be/U7fRUcKX8Pk

さるナイヅ山
さるナイヅ山

※小生もこちらのオリジナルYouTube動画に書き込まれたコメントを見るたびに涙腺が潤むのじゃ(年だがね…)

とらナイヅ寅
とらナイヅ寅

(嫌いだった先生のエピそとか…😢)

1988年「蒼氓(そうぼう)」山下達郎

山下達郎 「蒼氓(そうぼう)」・「踊ろよ、フィッシュ」Music Video
Warner Music Japan

こちらは卒業ソングというより卒業シーズンに聴きたい1988年おすすめアルバム1988年10月19日発売『僕の中の少年』山下達郎(9thアルバム)からのご紹介。
いぜんどこかで「Get Back In Love」が卒業ソングとして歌われたというネット情報を拝見したので載せておいたのですが個人的にはあまり卒業式で歌われたことはなかろうとも「蒼氓(そうぼう)」のほうが広い意味での卒業ソングもしくはこれから社会に出ていく新社会人のみなさんへの応援ソングとしておすすめしたい名曲。

・「蒼氓(そうぼう)」山下達郎※上記参考動画の歌(ワーナー公式動画感謝!)
・「Get Back In Love」山下達郎(🔗公式動画はないのでとりあえずGoogle検索結果にリンク)
「蒼茫」「Get Back In Love」収録アルバム:
1988年10月19日発売『僕の中の少年』山下達郎
<PR>🔗CD『僕の中の少年』山下達郎(amazon.co.jp)※とりあえず1988年中古CDにリンク(2022年リマスターなどもあるのでお好みでご検討ください🙂)

(関連記事)その他1988年卒業ソングおすすめ曲:


(余談だが、ヤマタツさんはご存じの通り70年代から洋楽に詳しく、浪人時代には西武池袋線の東長崎駅前の日新堂というレコード屋などでバイトをしてた頃や、福生で細野晴臣さんとの初対面の時に大瀧詠一の弟と間違われた頃、1972年四谷の喫茶店「ディスクチャート」での長門芳郎氏の選曲や68年頃からロック喫茶になった渋谷百軒店の「ブラックホーク」などでは米国西海岸ルーツロック系のマニアックな洋楽などにハマっておられたことはご存じのとおり(えっwいやちょっとかましてますけど笑)。それより実は70年代には2つの三輪車というフォークグループがあったことは意外と知られていないかも。一つは大貫妙子さんが19歳頃シューが米部デビュー前に組んでいたワーナー系のフォークグループ。もうひとつは沖縄マクドナルドCMソングでおなじみの山崎稔一さんが70年代当時在籍していたEMI東芝系のフォークグループ三輪車。ここはちょっと間違えやすいので覚えておいても…いや卒業ソングと関係はないか(;^_^A何の話だったっけ。あ、そうそう要は達郎氏が洋楽マニアなのはみなさんご存じの通りだが、海外志向だった達郎さんがそれまで洋楽やソウルミュージックなどで培った音楽的才能を注ぎ込んで日本のリスナー向けに歌った和製ソウル(というとやや昭和歌謡っぽいがまあ系統はその進化版?)的な日本の歌。達郎氏いわく日本版の「People Get Ready」的な云々もあるがその辺はサンソン等でマニアと語っていただくとして、要は卒業シーズンにただの歌としてお勧めしたい名曲。余談長げぇ(;^_^A)

なが(のちのシュガー・ベイブのマネージャー、80年代は青山骨董通り(※岡本太郎記念館の近く)のレコード屋パイドパイパーハウス(PIED PIPER HOUSE)店主)について渋谷のルーツロック系の独自選曲で70年代に
(『渋谷百軒店ブラック・ホーク伝説』船津潔/音楽出版社)

昭和62年(1987年)卒業ソング

1987年 昭和62年 卒業ソング(あなたの夢をあきらめないで 他) ぱくたそ(公園ぼっち飯)
あなたの夢をあきらめないで
1987年 昭和62年 卒業ソング

1987年 昭和62年 夢をあきらめないで 岡村孝子
1987年 昭和62年 輝きながら徳永英明 (南野陽子CM曲)

1987年「夢をあきらめないで」岡村孝子

(参考動画)岡村孝子 『夢をあきらめないで』(Official Full ver.)Sony Music (Japan)

昭和62年(1987年)2月4日発売。岡村孝子さんの名曲「夢をあきらめないで」。

ソロ通算5枚目シングル*。同日発売のアルバム『Andantino a tempo』収録。

発売元のファンハウスは現在はソニー・ミュージックレーベルだそうです。


(以下管理人の勝手な感想)

余談ですが、なんとこの名曲「夢をあきらめないで」も発売年にはオリコンチャートで最高50位だったとか。

あの岡村孝子さんもソロデビュー後の葛藤などもあった時期なんでしょうね。

(サウンドは個人的な好みでいってしまうと正直ベタなシンセのあれんぢが気になるところもあるのですが。( ̄▽ ̄;)その辺はさておき。)

内省的な詞やアルバム構成の素晴らしさで結局何度も聴きまくってしまった名盤。

(てか何度眼が潤んだかしれない。)

「夢をあきらめないで」という曲もアルバムを通しで聴くとさらにこみ上げるものが。

個人的にはぜひアルバムで聴いていただきたい作品です。

さるナイヅ山
さるナイヅ山

個人的にはツッチーこと故土田世紀先生の『永ちゃん』を思い出してしまうのじゃが…知る人ぞ知るレトロ漫画超名作のマニアックな話題なのでそれはまた別の機会に(;^_^A卒業ソングのところに書くとちょっと…苦笑(いい意味で)

1987年「輝きながら」徳永英明 (南野陽子CM曲)

徳永英明 / 輝きながら・・・UNIVERSAL MUSIC JAPAN

昭和62年(1987年)7月5日発売「輝きながら…」徳永英明さんもヒットしました。

最近はこの曲も卒業ソングなんだとか(とネットでおみかけました)。

ただ、個人的には南野陽子さんフジカラーCMの印象が強すぎまして…📷
息をのむようなナンノさんの美しすぎる映像と共に脳内に焼きついているフジカラー南野ソングとしか…(※個人の感想です^^)

てか卒業ネタどこいった?いやあ1987年7月5日発売だしぎりぎり修学旅行ソングぐらいまでとしか。卒業ソングという認識は正直当時はなかった(おい)。まあカメラ小僧ソングとも自分の周りではいわれたがね。友達のカメラ好きが必ずカラオケで歌う曲、それにワシらは鉄道系CMソング🚝 🚞で応戦するという…(いえ、いい意味でですよ!だってもうオタクもあの頃の「おたく」と違うんだから……ぐっ某仲謀に「おたく」と罵られた中坊の苦い思い出が…(当時はトラウマなんて言葉知らなかったがね。ちくしょー当時の社会の冷たい目を思い出すぜ(´;ω;`)ウゥゥ

1987年「ひとりぼっちの卒業式」浅香唯

Hitoribocchi No Sotsugyoshiki (2015 Remaster)
浅香 唯 – トピック Yui Asaka
Star Lights
℗ 1987, 2015 WARNER MUSIC JAPAN INC.

1987年2月28日浅香唯2ndアルバム『Star Lights』(マイカルハミングバード)収録の隠れた80年代卒業ソングの名曲。1982年三田寛子同名曲とは別曲。

(画像出典)amazon.co.jp(画像は商品ページへリンク)

昭和61年(1986年)卒業ソング

1986年 昭和61年 卒業ソング ぱくたそ
1986年 昭和61年 卒業ソング

1986年(昭和61年)じゃあね おニャン子クラブ

1986年「じゃあね」おニャン子クラブ

じゃあね
おニャン子クラブ – トピック
じゃあね · Onyanko Club
夢カタログ+シングルコレクション
Pony Canyon Inc.

昭和61年(1986年)「じゃあね」。

1985年から1987年まで活動していたおニャン子クラブ。

この翌年(1987年)の解散コンサートでも歌われた曲。

(1987年8月31日『夕やけニャンニャン』番組終了。同年9月解散コンサートで活動終了。)


その他1986年卒業ソング
1986年1月25日「いい日旅立ち」谷村新司(17thシングル祇園祭B面)

いい日旅立ち
谷村新司 – トピック
いい日旅立ち · 谷村 新司 · 谷村 新司 · 谷村 新司 · 佐孝 康夫
(ベスト・カップリング・シリーズ)いい日旅立ち/22歳
Released on: 1992-07-25

昭和60年(1985年)卒業ソング


昭和60年(1985年)卒業ソング:
「卒業-GRADUATION- 」菊池桃子
「卒業」斉藤由貴
「卒業」尾崎豊
「心の瞳」坂本九

1985年 昭和60年 卒業ソング

1985年 昭和60年 卒業-GRADUATION- 菊池桃子
1985年 昭和60年 卒業 斉藤由貴
1985年 昭和60年 卒業 尾崎豊
1985年 昭和60年 心の瞳 坂本九

1985年「卒業-GRADUATION-」菊池桃子

卒業-GRADUATION-
菊池桃子
VAP INC.

1985年2月27日発売「卒業-GRADUATION-」菊池桃子(4thシングル、 作詞:秋元康、作曲:林哲司、編曲:林哲司、VAP)

昭和60年(1985年)菊池桃子さん「卒業-GRADUATION-」。

懐かしさがあふれそうな名曲です。

個人的にもろ中学卒業とかぶるのでそれはもう・・・。

感想文なんて書くと止まらなくなりそうな甘酸っぱいというよりほろ苦い個人的思い出がたっぷりつまった😅…管理人イチオシの永遠の卒業ソング大名曲です🙂

「卒業-GRADUATION-」菊池桃子収録アルバム:
1985年9月10日発売『南回帰線/TROPIC of CAPRICORN』菊池桃子(2ndアルバム)
<PR>🔗CD『南回帰線/TROPIC of CAPRICORN』菊池桃子(amazon.co.jp)※初出アルバム

配信などでも視聴可能

1985年「卒業」斉藤由貴

卒業(”Sotsugyo” Graduation)
斉藤由貴(Yuki Saitou)
卒業
ポニーキャニオン(PONY CANYON INC.)

1985年(昭和60年)2月21日発売「卒業」斉藤由貴(1stシングル、作詞:松本隆、 作曲:筒美京平、編曲:武部聡、キャニオン・レコード)

斉藤由貴さんのデビューシングルでもある名曲「卒業」。

ミスマガジンでの鮮烈デビューは、昭和40~50年世代にとってまさに青い春を象徴するひとつのアイコン。

当時の中坊たちは第2ボタンを必要以上に気にかけていたた。おそらく男子は全員この曲の影響でしょう(笑)。

(なんて当時の中坊が年甲斐もなく書いちまってますが😅。実はデビュー前は読書好きで内気な女性だったという斉藤由貴さん。アイドルにしろ、スケバン刑事にしろ、少々無理をして背伸びなさってたとも。おつとめご苦労様でした。)

斉藤由貴「卒業」収録アルバム:
1985年6月21日発売『AXIA』斉藤由貴(1stアルバム)※初出アルバム

※まず、個人的には帯付きLPレコード一択ですが(PRになっとらんな、おい😅)
レコードはヤフオク「斉藤由貴 axia レコード」などで探してみてください。ちなみに中古レコード購入は初めてという方も多少の値段の差にまどわされる絶対に帯付をGetしておきましょう!(基本帯無は中古レコードの世界ではジャンク扱いです)

もちろん、コンパクトなデジタルディスク通称CD(いつの時代の広告文だ苦笑)。
取り扱いも便利で音質も抜群。とくにCDの利点はほぼ音源が永久保存できること。
アナログレコードとは異なり省スペースでお気に入りアーティストの音源を手元に置いておきたい方にはそんなCDならではのメリットも魅力でしょう。(…なんて80年代の音楽雑誌にはこういう宣伝文がよくありました😅)

<PR>🔗CD『AXIA』斉藤由貴(amazon.co.jp)※2016/7/20[UHQCD]※閲覧時1985年所版中古CDもありましたが価格が2016年盤とさほど変わらず。[UHQCD]音質はアナログファンの方のアマゾンレビューでも一定の評価アリ。

それにつけても、この斉藤由貴さんのアルバムジャケ!懐かしいですね・・・。嗚呼、やっぱり、青かった中学時代がよみがえるゼ!

※収録アルバム一覧:
AXIA (1985、2009)ポニキャ
The Special Series 斉藤由貴 (1985年12月21日発売、#2)ポニキャ
Yuki’s MUSEUM (1989年11月29日発売)ポニキャ
YUKI’s BEST (1995年1月6日発売)ポニキャ
MYこれ!クション 斉藤由貴BEST (2001年11月21日発売)ポニキャ
斉藤由貴 SINGLESコンプリート (2007年7月18日発売、#2)ポニキャ
斉藤由貴 ヴィンテージ・ベスト (2008年6月18日発売)ポニキャ
水響曲 (2021年2月21日)※ビクター

JVCKENWOOD Victor Entertainment Corp.
卒業(2021 version) · Yuki Saito
Suikyoukyoku
Victor Entertainment
Released on: 2021-02-21

※2021年2月21日発売「卒業(2021 ver)」斉藤由貴(ビクター)※いまを生きるリアルな大人由貴さんのセルフカバーも落ち着いた感じが素敵です。最新情報なとはこちら(参考リンク)🔗ビクター斉藤由貴公式サイト


<PR>斉藤由貴さんCDおすすめサイト
1🔗ポニーキャニオンショッピングクラブ「斉藤由貴35周年記念」特設ページ)2003年9月18日に発売された斉藤由貴のコンプリートBOX2種「斉藤由貴オリジナルアルバム完全復刻シリーズ」(各6枚組)を復刻発売※ジャケ写クリアファイル…在庫はポニキャでご確認
2🔗アマゾン「斉藤由貴」商品検索検索ページへリンク(🔗

1985年「卒業」 倉沢淳美

Sotsugyo
倉沢淳美 – トピック
℗ 1985 WARNER MUSIC JAPAN INC.

1985年(昭和60年)2月14日発売「卒業」 倉沢淳美(作詞:売野雅勇、作曲:林哲司、編曲:萩田光雄)B面「4月になれば」
※1985年「卒業」タイトル曲4作シングル発売作品の一つ。倉沢淳美(くらさわあつみ)さんは『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(通称「欽どこ」)の女性3人組わらべの「かなえ」役で芸能界にデビュー。

1985年「卒業」尾崎豊

(参考動画)尾崎豊『卒業』 – 「LIVE CORE 完全版〜YUTAKA OZAKI IN TOKYO DOME 1988・9・12」(Warner Music Japan公式YouTubeチャンネルより)

1985年(昭和60年)1月21日発売「卒業」尾崎豊(4thシングル、作詞・作曲:尾崎豊):

80年代に青春を過ごした世代にはいわずとしれたこの時代の若者達のレクイエム(鎮魂歌)。

デビュー前ステージ裏などでは明るく気さくな少年だったそうです。

映像は昭和63年(1988年9月12日)東京ドームで行われた尾崎豊から。

収録アルバム:
1985年『回帰線』<PR>CD

1985年「心の瞳」坂本九

坂本九 feat. 柏木由紀子・大島花子・舞坂ゆき子「心の瞳」(コーラス入り・ショートバージョン)
坂本九音楽事務所

1985年(昭和60年)「心の瞳」坂本九(作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし)

坂本九さんの「心の瞳」 。

卒業ソングや昭和の歌謡曲などに名曲は数多くあれど、個人的には実はこの曲が一番ご紹介したい曲かもしれません。

故坂本九さんが生前最後に吹き込まれた遺作ともいえる名曲。

卒業ソングの合唱曲としても今でも歌いつがれていますね。

・CD音源は坂本九さんのベストアルバム等に収録
<PR>🔗「坂本 九 ベスト~心の瞳」坂本九 形式: CD(amazon.co.jp)


(参考動画)1985 心の瞳 (坂本九の曲) https://youtu.be/7EC9cPfN7lk 坂本九「心の瞳」(原曲・歌詞字幕付き)

(以下、動画の紹介文ですが素敵なコメントでしたので引用させて頂きました。)

てらやん
チャンネル登録者数 2800人
ご閲覧ありがとうございます。
この曲は中学校などの合唱曲として非常に有名です。意外にも、坂本九さん御本人の原曲を聴いたことが無い方、あるいはこの曲のオリジナルが坂本九さんのものである事をご存知ない方が多いようなので、上げてみました。
音質はお世辞にも良いというわけではありません。普通に聴く分には問題ないと思います。合唱曲として歌われる方は、是非とも一度、この原曲を最後まで聴いてみてくださいね!
素晴らしい曲を歌ってくれた九ちゃん、最高です!


★ ★ ★

以下個人的感想。かなり個人的な思いもあり、コラム的に補記させていただきます。(追って別稿に移動予定?)

コラム


■御巣鷹山の事故と坂本九さんの遺作「心の瞳」

御巣鷹山の事故とは日本だけでなく世界の航空事故としても最大級の被害者をだした群馬県上野村の日航機事故。

1985年(昭和60年)8月12日午後6時56分30秒に日本航空JAL123便(東京羽田空港発―大阪伊丹空港行)が群馬県多野郡上野村で高天原山の尾根(通称:御巣鷹の尾根)に墜落。現在でも毎年8月には遺族や関係者が慰霊に訪れるニュース報道などでご存知の方も多いと思います。

坂本九さんの「心の瞳」はその御巣鷹山の事故の前に収録された曲。

私自身は実はあまり卒業ソングとしての思い出はないのですがこの曲を聴くとあの悲しい事件もさることながら曲自体の不思議な力になぜか自然に涙がこみあげてくるのです。

不思議です。もちろん個人的にも事故は見聞し毎年報道などのおりにはお悔やみをお祈りしていますがさりとて御親族など直接の関係者でもなく、また坂本九さんのことももちろんスキヤキソングなどで親しみはしているものの特別熱心なファンという訳では正直ありません。

ですがこの曲を聴いたとき、正直はじめの印象はわりとふつうのゆったりした曲かなという印象程度だったのですが・・・おかしい。この曲はおかしい。ひとことふたことフレーズが歌われるたびにふいに涙腺がゆるむ。

まるで倍音が無意識に脳に響いているような。
それでいてけっして技巧でなく。素直に自然に歌われています。

いいかたは悪いのですがはじめは良い意味でとても平凡な曲という印象でした。
しかし、さる音楽評論家のかたもおっしゃってました。真の名曲というのはこうしたそっと肩の力をぬいた飾らない歌だと。それはまさにこの曲のことをいうのかもしれません。

この場をお借りして事故犠牲者と故人に慎んてご冥福をお祈り申し上げます。

(寅山拝)

(次ページ)80年代前半(昭和50年代後半)の卒業ソング

(次ページ)🔗80年代前半(昭和50年代後半)の卒業ソング
1984年(昭和59年)から1980年(昭和55年)の卒業式の歌や卒業にちなんだ曲。

テキストのコピーはできません。