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クリスマスソング 日本「東京タワーは夜の7時」

12月 プレイリスト ジャズ歌謡 1 12月
12月

ジャズ歌謡(Jazz Kayo)「東京タワー」美空ひばり など


32 「ラッパと娘」 福来スズ子 & 趣里
33 「東京ブギウギ」 笠置シズ子
34 「センチメンタル・キッス」 渡辺はま子
35 「星空のバラード」 東京キューバン・ボーイズ & 原 信夫とシャープス・アンド・フラッツ
36 「スーダラ節 (インストゥルメンタル)」 クレイジー・キャッツ
37 「南京豆売り」 ザ・ピーナッツ
38 「南京豆売り」 東京キューバン・ボーイズ
39 「The Peanut Vendor」 ラロ・シフリン
40 「Mambo Inn」 ティト・プエンテ
41 「A列車で行こう」 美空ひばり
42 「お嬢さんとこいさん」 美空ひばり
43 「東京タワー」 美空ひばり
44 「カムカムエヴリバディの走馬燈」 金子隆博
45 「Lindy Hop (07-23-37)」 リリアン・ハーディン・アームストロング
46 「おしゃれ娘」 淡谷のり子
47 「On The Sunny Side Of The Street」 ルイ・アームストロング
48 「月夜の晩に(月光値千金)」 作間毅
49 「Dance Orientale」 Mischa Raginsky & Concert Hall Orchestra

曲コメント
32 「ラッパと娘」 福来スズ子 & 趣里 『福来スズ子傑作集』※趣里さんの声量がさすが。DNAだけじゃない。発声練習とかすごく努力されてるんだろうな、と。
33 「東京ブギウギ」 笠置シズ子 『決定盤 笠置シズ子「ブギの女王」』※1948年(昭和23年)正月映画「春の饗宴」主題歌。戦後日本を元気づけた流行歌。歌謡曲と呼ばれるようになったのは1951年頃から。
34 「センチメンタル・キッス」 渡辺はま子 『渡辺はま子の世界 〜蘇州夜曲〜』※1947年(昭和22年)流行歌。はま子さんは、戦前1930年代から活躍、ひばりさんが人気になる前の横浜出身の代表的な女性歌手。
35 「星空のバラード」 東京キューバン・ボーイズ & 原 信夫とシャープス・アンド・フラッツ 『ビッグ・バンド・スコープ第2集』
36 「スーダラ節 (インストゥルメンタル)」 クレイジー・キャッツ 『日本一の無責任大作戦』※由来となった「crazy rhythm」
37 「南京豆売り」 ザ・ピーナッツ 『可愛い花/南京豆売り – Single』※
38 「南京豆売り」 東京キューバン・ボーイズ 『ザ・ベスト 東京キューバン・ボーイズ ラテンのすべて』
39 「The Peanut Vendor」ラロ・シフリン
1964年『New Fantasy』ラロ・シフリン(9thアルバム)。※1984年ロンドンで始まったUK Jazz Dance/Be-BopジャズダンスチームIDJ(I Dance Jazz)が、1986年IDJプロモビデオ(駐車場に集まったメンバーが急にスーツに着替えて踊り出すOPシーンで有名)のBGMにも使われている80年代UK Jazz Dance人気曲。何気にネットでググっても曲名が出てこないのと、これが南京豆売りのカバーであることなどがあまり知られてないようなので一応厚めに補足。個人t系には日本のジャズダンスの皆さんには東京キューバンでも踊ってほしいんだが(Guts自動車野郎とかマンドリルカバーしてるし)。ラロ・シフリンは燃えよドラゴンなどの映画音楽でアルゼンチン出身の作曲家。
40 「Mambo Inn」 ティト・プエンテ 55年発売『Mamborama』。日本でも夏までマンボブーム最高潮だった年のティト名曲。
41 「A列車で行こう」 美空ひばり55年発売シングルB面、1990年『美空ひばり ジャズ&スタンダード』などにも収録。
42 「お嬢さんとこいさん」 美空ひばり 『お嬢さんとこいさん – Single』映画主題歌
43 「東京タワー」 美空ひばり 『美空ひばり 船村徹の世界を唄う Vol.1』
44 「カムカムエヴリバディの走馬燈」 金子隆博 『連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」オリジナル・サウンドトラック CLIMAX』
45 「Lindy Hop (07-23-37)」 リリアン・ハーディン・アームストロング ※1937年発表曲。ただリンディホップ(Lindy Hop)というアメリカのジャズダンスは1929年リンドバーグ飛行にちなんで名づけられ30年代前半に米国で大流行したジャズダンスのスタイル。『Complete Jazz Series 1936-1940』
46 「おしゃれ娘」 淡谷のり子収録アルバム『服部良一「僕の音楽人生 (コロムビア編)」』※1936年(昭和11年)1月23日吹き込みの流行歌。1936年コロムビアの専属作曲家となった服部良一さん入社第一回作品。曲は当時米国で流行していたリンディホップのジャズダンスでも人気のあったスウィングジャズ調。(余談だが朝ドラ『ブギウギ』では、1937年3月発表「別れのブルース」以降のブルースの女王淡谷のり子さんが描かれている。若い頃というよりブルースの前年の淡谷さんは笠置シズ子「ラッパと娘」と同じようにちゃきちゃきのスウィングジャズでリンディホップなどのジャズダンス向きの曲も歌っていた。ジャズがダンス音楽であることは著名なジャズ評論家瀬川昌久さん『ジャズで踊って – 舶来音楽芸能史』にも詳しい。)
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47 「On The Sunny Side Of The Street」 ルイ・アームストロング 『On The Sunny Side Of The Street – Single』1934年(※原曲は1930年テッドルイス)※関連記事「NYは朝5時」プレイリスト。配信でも視聴可。
48 「月夜の晩に(月光値千金)」 作間毅 1929年『ニッポン・スウィングタイム 戦前のジャズ音楽 vol.1』※日本のジャズ歌謡最初期の曲。作間毅(さくまたけし)さんは法政大学でジャズ出身の流行歌作曲家。1928年「夢の人形」含む4曲を発表。1929年「月夜の晩に」はその翌年の曲だが、後年他のジャズ歌手にカバーされるなどした日本のジャズ歌謡スタンダードの最初期の流行歌。
49 「Dance Orientale」 Mischa Raginsky & Concert Hall Orchestra 『Around the World, Vol. 8』※ハタノオーケストラのレパートリー。1912年海外航路の船上や1921年以降金春館(こんぱるかん)で活動。日本最初期のジャズバンドのひとつ。

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