1914年(大正3年) 流行歌、新民謡 (邦楽年表) 🏷️
1914年(大正3年) 「まっくろけ節」(作詞:未詳、作曲:未詳)
1914年(大正3年) 「ティパレリーの歌」(作詞:ジャッジ、作曲:ウィリアムス)
1914年(大正3年) 「青島節」(作詞:未詳、作曲:未詳)
1914年(大正3年)3月 「カチューシャの唄」島村抱月(作詞:相馬御風、作曲:中山晋平) 3月の歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 『尋常小学唱歌 第六学年用』 文部省
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「明治天皇御製」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「兒島高徳」 文部省唱歌/岡野貞一
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「おぼろ月夜」 高野辰之/岡野貞一
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「故郷」 高野辰之/岡野貞一
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「蓮池」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「燈臺」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「秋」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「開校記念日」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「四季の雨」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「日本海海戰」 芦田恵之助/田村虎蔵
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「新年」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「夜の梅」 文部省唱歌/岡野貞一
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「天照大神」 文部省唱歌
1914年(大正3年)6月 1914年6月 「卒業の歌」 文部省唱歌
1914年(大正3年)7月28日 第1次世界大戦:1914年(大正3年)7月28日から1918年(大正7年)11月11日まで
明治?年~1914年 大正3年「俗謡(ぞくよう)」と「はやりうた」
江戸時代 清元、長唄など
明治時代~大正時代 「俗謡」(とくに流行したものは「はやりうた」)
俗謡
民間にはやる通俗的なうたいもの。多くは、小唄(こうた)・民謡など
俗謡
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俗謡(ぞくよう)とは、広義には、民謡、流行歌、俗曲などといった通俗的な歌の総称である。
狭義には、民謡が本来あった地域を離れて都市部に流入し、様々に手を加えられることによって、都会風、または大衆音楽(ポピュラー音楽)風に変質したものをいう。専門的歌い手(職業歌手のほか、日本では芸者など)によって技巧化されたり、楽器の伴奏が加えられたり、歌詞が変更されたりする。
はやりうた
唱歌年表 1914年 大正3年「流行歌」の誕生(唱歌調はやりうた)
1914年 大正3年 唱歌+はやりうた= 「流行歌」の誕生
1914年 大正3年 唱歌+はやりうた= 「流行歌」の誕生
大正3年(1914年)、「カチューシャの唄」(作詞:島村抱月・相馬御風、作曲:中山晋平、歌:松井須磨子)が大流行し、それ以後、唱歌調の歌曲ははやりうたの言い換えとして「流行歌」と呼ばれるようになった[4]。
1914年6月 『尋常小学唱歌 第六学年用』 文部省
1914年6月 「明治天皇御製」 文部省唱歌
1914年6月 「兒島高徳」 文部省唱歌/岡野貞一
1914年6月 「おぼろ月夜」 高野辰之/岡野貞一
1914年6月 「故郷」 高野辰之/岡野貞一
1914年6月 「蓮池」 文部省唱歌
1914年6月 「燈臺」 文部省唱歌
1914年6月 「秋」 文部省唱歌
1914年6月 「開校記念日」 文部省唱歌
1914年6月 「四季の雨」 文部省唱歌
1914年6月 「日本海海戰」 芦田恵之助/田村虎蔵
1914年6月 「新年」 文部省唱歌
1914年6月 「夜の梅」 文部省唱歌/岡野貞一
1914年6月 「天照大神」 文部省唱歌
1914年6月 「卒業の歌」 文部省唱歌
1914年 《第1次世界大戦勃発 ~1918年》
「ジョスランの子守歌」 近藤朔風/ゴダール