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1954年ヒット曲(昭和29年邦楽)流行歌・歌謡曲など

1950年代音楽
1950年代音楽

1954年ヒット曲(昭和29年)邦楽
「野球けん」青木はるみ
「君懐しのトランペット」生田恵子
「忘れ得ぬ人」伊藤久男
「ウスクダラ」江利チエミ
「高原列車は行く」岡本敦郎
「そよ風のビギン」小畑実
「お富さん」春日八郎「裏町夜曲」「瓢箪ブギ」
「岸壁の母」菊池章子
「ワゴン・マスター」小坂一也
「君は遥かな」佐田啓二、織井茂子
「恋の火の鳥」三条町子
「ヴァイア・コン・ディオス」新倉美子
「スペイン夜曲」菅原都々子
「白鷺三味線」高田浩吉
「ふるさとの燈台」田端義夫
「東京ワルツ」千代田照子
「あなたと共に」津村謙、吉岡妙子
「街のサンドイッチマン」鶴田浩二
「雨の酒場で」ディック・ミネ
「若者よ!恋をしろ」中島孝
「東京の恋唄」鳴海日出夫
「初恋ワルツ」野村雪子
「ハッシャ・バイ」旗照夫「愛の讃歌」
「真室川ブギ」林伊佐緒
「初めて来た港」藤島桓夫
「みどりの雨」藤山一郎
「ひばりのマドロスさん」美空ひばり「伊豆の踊り子」
「青いカナリヤ」雪村いづみ「オウ・マイ・パパ」
「私の幸福は何処へ」吉岡妙子12月発売
「吹けば飛ぶよな」若原一郎

マンボブーム到来🎦

1954年(昭和29年)デビュー歌手
1954年1月デビュー「酒の苦さよ」三橋美智也(作詞:山崎正先生、作曲:山口俊郎、キング C-1009 9627)(参考)ウィキペディア-三橋美智也
1954年7月19日デビュー「ザッツ・オール・ライト」エルヴィス・プレスリー
1954年8月デビュー歌手「牧場の時計」中村メイコ(作詞:藤浦洸、作曲:服部良一)(参考)ウィキペディア-中村メイコ
1954年デビュー「雪之丞変化の唄」曽根史郎(参考)ウィキペディア-曽根史郎
1954年デビュー「私なんだか変テコリン」神楽坂浮子(ビクター)(参考)ウィキペディア-神楽坂浮子
1954年デビュー「相馬盆唄」鈴木三重子(参考)ウィキペディア-鈴木三重子
1954年デビュー富樫雅彦(14歳)ドラマー(チャーリー石黒と東京パンチョス、松岡直也トリオなど)
(備考)1954年ワゴンマスター結成→1955年デビュー

1954年(昭和29年)10月ラジオ『L盤アワー』放送開始

1954年(昭和29年)10月ラジオ『L盤アワー』放送開始。毎週水曜日夜10時30分からラジオ東京→東京放送(現・TBSラジオ)で放送。日本コロムビアの提供。洋楽専門のラジオ音楽番組。「L盤アワー」番組テーマ曲「恋をして(IN LOVE)」パーシー・フェイス楽団。L盤アワー番組司会者:園冷子、大平透

「L盤アワー」の「L盤」とは、1949年(昭和24年)8月から日本コロムビアが販売していたSP盤の“L”シリーズ(“Limited”の略)。昭和21年8月発売のレイ・ノーブル楽団(バディ・クラーク歌)の「夢路まどかに」(L盤のL-1)からL-146盤まで。当時は、レコードが高価だったため、洋楽を聞くにはFENなどの米軍基地短波放送などしか洋楽にふれる機会が少なかった。(もちろん録音機器もなかった。)1950年代はラジオ音楽番組がほぼ唯一の音楽との接点だった。アメリカで大流行中のヒット曲(「明日にまた」ジョー・スタッフォード、
「雨に歩けば」ジョニー・レイ、「ホワイト・スポーツコート」マーティ・ロビンス、「ケ・セラ・セラ」ドリス・デイ、など)がすぐ聴くことができる一般家庭に広く洋楽の楽しさを浸透させた番組だった。東京放送の看板番組となった「L盤アワー」は長寿番組として1969年(昭和44年)まで続いた。

1952年4月「S盤アワー」(日本文化放送協会(現・文化放送)

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